二条城がある地域やアクセスについて
二条城は京都市の中京区にある江戸時代の城のことです。
とくに二条城は観光地として人気があるため、国内外の旅行客が多く訪れます。
二条城へのアクセスとしては、電車か自動車ということになります。
電車の場合はJR京都駅からであれば市営のバスを利用すれば二条城前で下車をすることになります。
またその他の駅としては阪急の鳥丸駅か大宮駅、そして京阪の電車の場合は三条駅で降りて地下鉄の東西線である三条京阪駅に乗り換えて二条城前駅で下ります。
自動車の場合は名神高速道路を利用するといいです。
駐車場の利用としては時間ごとに支払うということもできますし、1日券を購入することもできます。
二条城を起点として場合には京都市内を観光して行く時にとても便利であるため、駐車場としてだけ利用するという観光客もいます。
周辺地域としては少し範囲を広げれば、清水寺や京都市の中心部があるため二条城以外の観光地を回るという方も多いです。
また歩いてすぐの位置には京都御苑があるので、歩いて見て回るということもできます。
また京都独特のお店も点在しているため、食事をしたりお土産を見て回るという楽しみもできます。
食事をする所や土産物屋がどういったお店があるのかわからないという場合には、二条城内で周辺のマップをもらうこともできます。
二条城の歴史について1
二条城の歴史としては、とても長いものがあります。
現在は城全体が国の史跡として指定されていますし、二の丸御殿は国宝に認定されています。
このように二条城はとても歴史的な意味合いがあるのですが、歴史書においては二条城と呼ばれている建物は複数あります。
まずは二条大路という道が整備されていたのですが、この路は都の中でも唯一の大路でありました。
その大路に足利尊氏が二条にまずは屋敷を構え、それから義満まで3代の将軍が周辺地域に屋敷を構えていました。
そのため将軍家の屋敷のことを二条陣や二条城と言っていました。
室町時代にはほとんど城は作られていないため、唯一の城でもあります。
現在の二条城は4番目に作られた城であります。
それ以前に作られた二条城は現在残っていませんが、発掘の結果や残存する地名などを根拠にして別の場所にあったと考えられています。
足利義昭は織田信長が武力の後ろ盾になったことによって将軍に就任しました。
その後六条に居所を設けていたのですが、その後直ぐに襲撃を受けました。
その際に防戦はできたのですが、信長や家臣らは防備が整った城が必要だと考えました。
そのため城を作ったほうがいいという旨を伝え、義昭が築城することを決めました。
場所としては、義輝の二条城があった地をさらに拡大して、天主を備える城郭づくりの邸宅としました。
この城の建立には信長自身が現地に入って陣頭指揮をとっていたと言われています。
この城が出来上がってから義昭はすぐに本拠を移したのですが、後に二人の中は悪化してしまい二条城内で信長に対し挙兵をしました。
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